私達を悩ませる「表裏問題」です。
ハッキリとこっちが表!と言えるプリント生地などはもちろん問題はありません。
問題を巻き起こすのは、いつもツイード。
この問題の解決を絶望的にしているのは、他でもない生産者(主にヨーロッパの諸兄ら)です。
彼らは驚くほど、布地の表裏にこだわりがありません。情熱を注ぐのは「織り」までで、その後は「あとは野となれ山となれ」状態なのです。
業を煮やして「どっちが表か」と問い詰めると、彼らはまるで哲学者のような顔でこう宣います。
「君が表だと思った面が、表さ」
「君の感性が、しっくり来る方を選べばいい」
…いや、そういうスピリチュアル、あるいは自由人的な回答は求めてないんです。
じゃあ何か、生クリームたっぷりのカルボナーラを出されても、「君がこれをカルボナーラだと思えば、それはローマの風さ」って許してくれるんかい?
パスタをケチャップの海に沈めて「これがナポリの魂、ナポリターーーン!」とか言ってキャッキャしてても「ボーノ!」って言うの?どうなの?
この前、Youtubeの料理動画で「こんなのイタリア料理じゃない!」って顔真っ赤にしてキレてたの、私、忘れてませんからね。
こっちは「創造主目線の正解」という名の、絶対的な経典が知りたいんです。
そこで食い下がって「私ならこっちかな〜的な感じでもいいから教えて」と、心のなかで上目遣いしながら聞いてみると
ようやく渋々教えてくれた後に、こう追撃されます。
「なぜそんな些末なことを訊くのか理解に苦しむね。最高の服を仕立てるために、君の感性に従う。それ以上に大切なことがあるのかい?」
些末・・・だと・・?
あんた今、「ミリ単位のズレで夜も眠れなくなる」全日本人を敵に回した自覚あんの?
あのね、私は日本全国の「ツイード侍」の皆様を代表して、切腹覚悟で尋ねてるわけですよ。
きっちりした回答を持ち帰らないと、私は帰国後に忍者の集団に囲まれて詰むんですよ。
私の身はともかく お客様にお好きな面を選んでいただくのが至高。
それは百も承知です。ですが、「作り手がどんな意図でこの糸を走らせたのか」という秘密の日記帳を手に入れてから、あえてそれを無視して解答する。そのプロセスこそが、この国に住む「きっちり正解大好き日本人」の矜持ではないでしょうか。
それに、生産者の意図を知ることは、彼らの魂へのリスペクトでもあると思うんです。
しかし、こんな風にでも答えてくれる人はまだマシ。
中には「それは僕が決めることじゃない。神(お客様)が決めることだ」と、意地でも沈黙を貫く殉教覚悟の者もいます。
そうなると、わが社では緊急事態宣言が発令されます。
社内の一番目立つ台に布地を広げ、「表裏検問所」を開設。そこを通るスタッフ一人ひとりに、逃げ場のない尋問が始まります。
「貴殿は、どちらが表だと思うか。直感で答えよ」
「……もう5回目ですけど、こっちですって。発色がいいから。それより掃除機、新しいやつ買っていいですか?」
「よし、通れ。掃除機の件は、表裏が決まってからだ」
もはや某国の国境検問所です。
多くは多数決で決着がつきますが、たまに意見が真っ二つに割れ、血で血を洗う「表裏内乱」に発展することも。
この混乱に乗じて「あいつのプチ遅刻が許せない」とか挙句の果てには「職場が寒い」とか言い始めたりします
こうなると、社外の有識者を巻き込むしかありません。
長年お付き合いのあるデザイナーさんやアパレルメーカーさんに「助けてください、これどっちですか」と泣きつくのですが、返ってくる答えは100%これです。
「わからん。どっちでもいいだろ。しかしなんかここ寒いね」
結局、不本意ながら生産者の「感性に従え」という呪文に屈することになるのです。
私は、どうしても釈然としません。
勝利なき戦いを終えた夜は、無意識のうちに激しい歯ぎしりをしている自覚があります。明日の朝、私の奥歯が粉砕されていないことを祈るばかりです。

